カジノと1700年代から現在までの歴史②
ちなみにこの1,960年代には、ラスベガスも大きな発展を遂げています。その頃になるとラスベガスでも家族連れの方々が多く訪問するようになりましたし、地元住民の方々もよく利用するようになったのです。
またその頃になると、アメリカでのエンターテイメント要素も高まります。以前のギャンブル要素等を補う形で、エンターテイメントのショーなども登場した訳ですね。
その後の時代も、カジノは色々な国々に広まっていきました。実に120ヶ国以上にて、その施設が合法化されるに至っています。
ただカジノに関するルールなどは、もちろん各国によって異なります。ヨーロッパでは格式高いカジノが発展を遂げましたし、マカオなどはカジュアルなスタイルですね。
そして1,990年代の後半には、そのマカオ地域において抗争などが勃発した事もあります。時には抗争がかなり激化した事もありましたが、現在では落ち着いている状況です。
そして1,990年代の後半には、そのマカオ地域において抗争などが勃発した事もあります。時には抗争がかなり激化した事もありましたが、現在では落ち着いている状況です。
また2,000年近くには、アメリカにおけるインディアンカジノが大きく増加しています。インディアンにとってはカジノは非常に重要なビジネスとなり、2,000年付近には数が大きく増えた訳です。ちなみに現在のアメリカでは、インディアンカジノの規模は軽視できないレベルになっています。
以上は、施設タイプのカジノに関する大まかな歴史です。ところでカジノは、何も施設タイプだけではありません。オンラインカジノも存在するでしょう。そのタイプのカジノは、もちろん歴史は非常に若いです。
そのWEB媒体のサービスが登場したのは、1,990年代の半ばと言われています。上記のフランスのカジノと比べると、随分若いことだけは間違いないでしょう。そもそもインターネットというツールが登場したのも、つい最近の話です。ある意味若いのも当然ですね。
ただそのWEBのサービスの場合、人数の普及に関しては際立ってハイスピードでした。そもそも施設タイプのカジノの場合は、あまり急激には広まらなかった一面は否めません。特にヨーロッパなどでは、一部の方々のみに限定される状況でした。広まらなかったと言うより、広がりづらい状況だったとも言えます。
ところが上記のWEBサービスの場合は、一気に数千万規模になったのです。施設タイプのカジノの場合は、そこまで急激には広まっていません。爆発的な人数増加が生じたのは、オンラインカジノの大きな特徴と言えるでしょう。
それで最近になってからは、カジノ会社の規模なども高まってきています。最初の内は、もちろんオンラインカジノには上場企業なども存在しませんでした。しかし最近では段々とカジノの市場が拡大したこともあり、実に2兆円規模とも言われています。その兼ね合いもあり、現在ではカジノ会社の上場企業なども増加傾向にあるのです。
ちなみにその発展は、今なおストップしていません。まだまだ発展途上の段階なので、今後は上場する会社なども増加すると見込まれています。
以上を考慮すると、カジノの歴史はかなり長い事だけは確実でしょう。WEB媒体のカジノは歴史こそ浅いですが、今後の発展などは大いに期待されている状況です。
パーレイ法
パーレイ法の利点
パーレイ法は"逆マーチンゲール法"とも呼ばれており、ルーレット、ブラックジャック、バカラなど、勝率がおおよそ2分の1で配当が2倍以上のゲームに適しています。
自分なりのヤメ時、目標額を設定しておくことにより、少ない投資で大きく勝てるチャンスのある方法です。
パーレイ法の手順
ハズレるまで前回の勝利で得られた配当全額を賭け続けます。
以下は配当が2倍のゲームで6連勝までいき、7回目で負けた場合のシュミレーションです。
1回目 | 2回目 | 3回目 | 4回目 | 5回目 | 6回目 | 7回目 | |
賭け金 | $1 | $2 | $4 | $8 | $16 | $32 | $64 |
勝敗結果 | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | × |
配当 | +2 | +4 | +8 | +16 | +32 | +64 | 0 |
損益収支 | +1 | +3 | +7 | +15 | +31 | +63 | -1 |
パーレイ法の注意点
途中でハズレれば即終了ですが、それでも初期投資額を失うだけですので、失ってもいい金額とどこまで連勝したら止めるかを決めて果敢にチャレンジすることが重要な方法だといえます。